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カルチャー系移住者インタビューvol.2 レコード店元オーナー/オーガナイザー・増尾則秀さん 「カルチャーは人生を広げてくれる」

東京のカルチャーシーンを形作ったキーマンたちの、福岡移住を追いかける当シリーズ。初回の常盤響さんに続き、2回目に登場していただくのは、増尾則秀さんです。

増尾さんは、世界中のDJが来日の際にはこぞって訪れる渋谷道玄坂のレコードショップ「Lighthouse Records」(ライトハウスレコーズ)を立ち上げた元オーナー。DJカルチャーの本場・ニューヨークのスタイルを踏襲し、東京を拠点に18年間続けている音楽パーティー「Sunday Afternoon Session "Gallery”」等も主催し、日本のクラブミュージックシーンに多大な貢献をしてきました。福岡に移住してからは、福岡や九州全域で音楽系イベントを展開。メディアでのインタビューはこれまでほとんど受けてこなかったという増尾さんに、これまでのご自身の活動の振り返りと、今後の展望について伺いました。

--増尾さんは東京出身で、ずっと東京で活動してらしたんですよね? 福岡に移住した、直接のきっかけは何だったんですか?

増尾 母が長崎出身なので生まれたのは長崎ですが、生まれ育ったのは東京で、東京にしか住んだことがありませんでした。移住のきっかけは、平成23(2011)年の東日本大震災です。震災の直後に、ひとまず妻が子供を連れて熊本に避難して、一度は東京に戻ってきたんだけど、やっぱり東京に住むのは不安で。家族がバラバラな状態をいつまでも続けるわけにもいかないから、一家で移住をしようということで福岡にやってきました。

--なぜ福岡を選んだんですか?

増尾 震災のこともあったので、ある程度、首都圏から離れていること、かつDJを呼んでパーティーができるようなクラブカルチャーがある地方都市……という条件だったので、自然と絞られてきて、最終的には札幌と福岡の二択になったんです。札幌は雪の影響でフライトがよくキャンセルになるので、海外のDJツアーをブッキングしたりするのが難しそうだなと。福岡は自然災害の影響を比較的受けにくいし、新幹線でも行きやすいので福岡を選びました。

--それまで、東京ではレコードショップを経営していたんですよね? もともと、どんなきっかけで音楽を仕事にするようになったんですか?

増尾 昔から音楽が好きで、予備校時代には六本木の伝説的なレコード屋「WAVE」にもよく通ってたし、その後は石神井公園の「ココナッツディスク」というレコード屋兼スタジオでバイトをし始めました。そこの先輩で、音楽機材に詳しい人がいて、僕も当時98万円したMacのノートパソコン「PowerBook」をローンで買って、自分でも音楽を作ったりしてましたね。

--今音楽やデザインの業界でベテランとして活躍している人は、当時出たばかりのMacを無理してでも買って始めた人が多いですね。

増尾 そうそう。でも僕の場合は、一度医療機器販売の会社に就職して、サラリーマンをやってました。だから、最初はあくまで趣味として音楽にのめり込んで、渋谷や新宿で自分たちの音楽パーティーを立ち上げて、DJをしたりしてたんです。ところが、2000年代後半ぐらいから、“世界一レコードが集まる街”だった渋谷宇田川町のレコード屋が次々と閉店して、僕らの居場所もなくなっていって、危機感を感じたんです。「このままこの火を絶やしてしまったら、再びシーンを活気づけるのはもう無理だろう」ってその時に感じて、自分でレコード屋を立ち上げることを決めました。それで脱サラして、会社員時代のわずかな貯金を元手に、渋谷のカリスマレコードショップだった「Manhattan Records」(マンハッタンレコーズ)のスタッフを誘って、平成20(2008)年に「Lighthouse Records」という店を作ったんです。

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--ただ店をやるというだけでなく、クラブカルチャーを引き継いでいくという意識が、最初からあったんですね。でもレコード屋さんって、あまり儲かりそうにないイメージですけど……。

増尾 そう、昔ほどは儲かりません(笑)。特にうちは新譜のレコード屋なので、中古盤屋とは全く別の世界で。世界中のディストリビューター(販売代理人)から新譜の案内が届いて、それを片っ端からチェックして、いいものだけを厳選して仕入れる。為替の影響も大きく受けるし、仕入れの枚数も重要。もともとが利益率の低い商売なので、1枚でも在庫が余ると、利益を圧迫してくるんですよ。だから、週の頭に新譜が入ったら、その週のうちに全て売り切る。そうやって、いいものをとんでもないスピードで提供して回していくのが、新譜屋の仕事。そんなリスクの高い商売をやりたがる人は少ないし、時代的にも渋谷のレコード屋がどんどん減っていたから、逆にうちにはいいDJが固定客としてつくようになって、それでなんとか成り立ってましたね。

--よくそんなリスキーな商売をやろうと思いましたね。

増尾 でもね、誰かがやらないと、シーンなんて簡単になくなっちゃうから。そうなったら、自分たちの街で、いい音楽が流れる機会もなくなってしまうんですよ。僕らは東京のいろんなクラブで、音楽を通じて遊んできて、純粋に音楽に感動したり、新しい仲間と出会ったり、楽しい思い出がたくさんあって。そういうことへの恩返しというか、シーンに貢献したい気持ちがあったんですよね。店を持つってことは、人が集う場所を作れるってことで、そこからいろんなコミュニケーションが生まれるし、僕が今九州や東京でやっているパーティーも、そうやって知り合った人のつながりによるものが大きいですからね。

--福岡に移住してからは、どんな活動をしているんですか?

増尾 福岡では、九州全域でのDJツアーのブッキングやサポート、イベントのオーガナイズ、それに海外の音楽機材の翻訳の仕事とか、いろいろとやっています。最初は市内中心部に住んでましたが、今は家族と福岡市の能古島に一軒家を借りて、子育てを楽しんでます。島暮らしなんて、東京にいた時は考えられなかったですからね。とはいえ、クラブイベントは夜が中心なので、福岡市内のアクセスの良い場所にも小さなアパートを一室借りて、機材を置いたり、寝泊りしたりしています。家賃が安い福岡だからこそできるスタイルですね。

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--東京や海外のクラブシーンをよく知る増尾さんには、福岡のクラブシーンはどう見えていますか?

増尾 質の良いクラブもあるし、若い子たちも元気で、すごく良いと思いますよ。みんなおしゃれですしね。強いて言うなら、音楽もファッション的に楽しんでる人が多い印象で、音楽そのものにズブズブはまって、ダメになっちゃってるような人が少ないのが、ちょっと残念ですけど(笑)。まあそれは、自分が年を取ってきたからそう見えるのかもしれないですけどね。クラブイベントは一晩で終わりますけど、泡のように消費されて何も残らないのではなく、その先に何を残していくかが大事だと思っています。そんな思いから、クラブとは違い、じっくり座ってアルバムを鑑賞するイベント「Classic Album Sundays」の福岡版も、平成28(2016)年より始めました。

--とても興味があります。どんなイベントなんですか?

増尾 これは、DJ Cosmoというロンドンの女性DJが始め、現在では全世界12都市で開催されているリスニングイベントです。日曜日の夜に、最高の音響システムを用意した会場で、ソファに座りながら名盤とされるアルバムをまるごと通しで鑑賞するという会。その福岡版を、僕が主催しています。僕が「Lighthouse Records」時代に買って店で使っていたサウンドシステムを持ち込んでいて、これで聞くと何度も聞いたはずのレコードでも、今まで全く聞こえていなかった音や楽器の質感がはっきりと聞き取れます。じっくりと音そのものに向き合える、新しい音楽体験ができると思います。

--ありがとうございます。最後に、増尾さんの今後の展望について教えてください。

増尾 やっぱり、僕がずっとこだわってきたのは、音楽のある場所をどうやって作るかということ。レコード屋も、クラブも、リスニングイベントも、自宅や職場では出会えない人や音楽との出会いをもたらしてくれる場所です。カルチャーは、人生を広げてくれるんだと思います。だから、いつも自分の外側に目を向け、外の世界と自由に行き来する人がもっと増えればいいなと思っています。今、アンダーグラウンドの世界では、すでに日本人のDJやトラックメーカーが海外で高い評価を得ることも珍しくないし、世界の最先端の音楽を日本で体感することもできます。福岡に限らず、日本のどこにいても世界と直接繋がって、その輪を広げていければ、未来はまだまだ楽しいんじゃないでしょうか。

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シーンの火が消えそうだったから、自分で引き継ぐことにした­­––––そう、てらいもなく語る増尾さんですが、実際の行動に移す苦労は想像に難くありません。そこには、自分を育んでくれたコミュニティに自ら貢献し、次世代へ繋げたいという、静かな決意が表れていました。世界のトップDJたちから厚い信頼を得る増尾さんの存在が、福岡の街に豊かなカルチャーをもたらしてくれています。

 

【プロフィール】
増尾則秀(ますお・のりひで)さん
昭和49(1974)年長崎生まれ、東京練馬育ち。ロックに心酔した十代の最後、90年代初頭の東京のクラブカルチャーに衝撃を受け、ナイトクラブに活動の場をシフト。歌舞伎町を中心に大小幾多のDJ/パーティーを経て、平成11(1998)年にDJ Nori、Fukuba、長谷川賢司、Alex from Tokyo等と共に「Sunday Afternoon Session "Gallery”」を立ち上げる。平成20(2008)年には渋谷Lighthouse Recordsを創業。オーナーとしてレコード文化の存続に情熱を傾ける。平成23(2011)年に福岡に拠点を移し、数々の世界的DJのツアーサポート等を行う。また、平成28(2016)年からは今泉squareを会場に、世界中で催されているリスニング・セッション「Classic Album Sundays」の福岡での定期開催をし、話題となっている。

 

【関連リンク】
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