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ネバヤン、ペトロールズも絶賛! 数万人規模の音楽フェスが連発する「福岡ミュージックマンス」

かつては「日本のリバプール」と呼ばれて井上陽水やチューリップを輩出、その後は「めんたいロック」シーンを形成し、90年代以降もスピッツの草野マサムネや椎名林檎など、日本の音楽シーンの要人を次々と輩出してきた福岡の街。そんな福岡に、あらゆるジャンルのミュージシャンが集結して音楽を繰り広げる“濃ゆい一か月”があるのをご存知ですか? 毎年9月に行われている、福岡ミュージックマンスのことです。

福岡ミュージックマンスとは、「サンセットライブ」「中洲ジャズ」「九州ゴスペルフェスティバル」「フクオカアジアンピックス」「ミュージックシティ天神」という、5つの音楽イベントの総称。その特徴は、街中やビーチなど、アクセスや環境の良い場所で気軽に音楽を楽しめること。そして、主催者による音楽愛があふれていること。

ミュージックマンスポスター

平成29(2017)年9月2日、3日に開催されたサンセットライブ出演の人気ミュージシャン、そしてサンセットライブのプロデューサー・深町健二郎さんに取材し、その熱量の秘密を探ってきました。

◆ビーチでサンセットを拝む、最高のロケーション

9月2日、ビーチステージ最初の出演者として、サンセットライブのオープンを勢いづけた人気バンドnever young beach(ネバーヤングビーチ、通称ネバヤン)。ギタリストの阿南智史さん(トップ写真右)は、福岡市出身です。高校まではサッカーに打ち込み、その後音楽活動のため大阪、アメリカ在住を経て、上京。

「10代の頃の僕の実感では、福岡独自の音楽シーンというのは皆無だったと思います。でも今は、東京で活動している僕らや他のバンドと同じ雰囲気を共有しているバンドが、福岡からもたくさん出てきていて。福岡が大好きなのでとても嬉しいし、いつも帰ってくるのが楽しみです」(阿南さん)

同じくギターを担当する松島皓(こう)さん(トップ写真左)も、ライブで福岡を訪れる度に、福岡を好きになっていくとか。

「サンセットライブは、何と言ってもロケーションが最高。お客さんもノリが良いから、演奏するのが楽しいんですよね。メンバーみんな、毎年出たいフェスだって言ってます」(松島さん)

ビーチステージの右手は海。潮風を感じながらのライブは、これぞnever young beach!
(ビーチステージの右手は海。潮風を感じながらのライブは、これぞnever young beach!)

サンセットライブがスタートしたのは、平成5(1993)年。野外フェスの代名詞「フジロックフェスティバル」が始まる4年も前のことです。もともとは糸島半島の海岸沿いにある小さな飲食店「ビーチカフェ・サンセット」の駐車場で開催していたもの。このカフェのオーナー・林憲治さんと意気投合し、その後福岡ミュージックマンス全体のプロデューサーを務めることになったのが、前出の深町健二郎さんです。

「うちの奥さんが当時レゲエダンサーで、ビデオ撮影のロケーションを探していたんですよ。その時、ビーチカフェ・サンセットの存在を思い出して、そこから林さんと話をするようになりました。こうして25年もイベントを一緒にやるなんて、不思議な縁ですね」(深町さん)

実は、深町さん自身もバンドマン。時代はめんたいロックシーンの真っ只中、上京して本格的にバンド活動をしていましたが、父親の病気などもあり、福岡に戻ることに。旅行会社に就職し元ミュージシャンの経歴を生かしてコンサートツアーの企画などを仕掛けていくうちに、その手腕が認められ、25歳にして商業施設・ソラリアプラザのイベントプロデューサーに大抜擢されました。

「プレイヤーにならなくても、仕事で自分なりに自己表現ができるとわかったことが、転機になりましたね。その後は音楽だけでなく、アートや演劇といったカルチャーを総合的に展開していくために、福岡について改めて勉強しました。初めて飾り山笠をソラリアに展示したりもしましたね。当時はまだまだ、山笠を商業施設に持ち込むこと自体が難しかったんです。地道な交渉をしながら、一つずつ実現していきました」(深町さん)

サンセットライブを林さんと運営するようになったのも、この頃から。当初は500人程度の参加者でしたが、開催3日間で延べ15,000人を動員する大規模イベントに成長していきます。あまりに大きくなりすぎて、問題もあったとか。

「手探りで始めたイベントなので、運営面でわからないことも多くて。ゴミが大量に出てしまったり、続ける意味を見失いかけたこともありました。でも主催の林さんの、美しい糸島を感じてほしいというコンセプトはブレなかった。だから、ゴミの分別をしっかりして生ゴミは堆肥にまわすようにしたり、紙コップを廃止したりして、環境配慮にも積極的に取り組んでいきました。それがお客さんにも理解されて、今はいい形で続けられていると思います」(深町さん)

運営に対する真摯な姿勢は、出演ミュージシャン側も感じている様子。サンセットライブをはじめ、年に数回は福岡でライブをしている、福岡びいきの3ピースバンド「ペトロールズ」のボーカルギター・長岡亮介さん(写真左)は、次のように語ってくれました。

「僕らが活動を始めた平成17(2005)年頃から、音楽フェスは一気に増えて、出演の機会も多くなりました。産業としての規模も大きくなって、中にはビジネス感丸出しのフェスもあったり……。でも福岡は、どのイベントもスタッフやボランティアの熱量が高くて、音楽を愛しているのが伝わってくる。こんな空気のイベントを作りたいんだっていう、意志を感じるんです。そしたら、呼ばれた僕らもついつい、その気持ちに応えたくなっちゃうんですよ」(長岡さん)


(ペトロールズの演奏が始まる頃、ビーチステージは超満員に)

◆福岡独自の音楽シーンを、いつでも体感できる場所づくり

サンセットライブだけではありません。9月8日、9日に行われたジャズフェスティバル「中洲ジャズ」も同様に、中洲の街の人たちが手弁当で始めたイベント。それが、今や10万人を動員するまでに成長しています。(昨年のレポート記事はこちら

どのイベントにも共通して感じるのは、福岡の人たちの意気込みと、イベントにかける熱量の高さ。

「“のぼせもん”という博多弁があるように、博多の人は熱しやすくて祭り好き。そして、やるとなったら一致団結して、命がけでやる。だからエンターテナーを多く輩出するし、イベント事も独自の盛り上がりを見せるのかもしれませんね」(深町さん)

福岡の熱気を感じられる福岡ミュージックマンスは、9月いっぱいまで続きます。最後に、深町さんがイベントを通じて実現したい夢を、聞いてみました。

「福岡はかつて、音楽の響く街として日本のどこにも似ていない、個性的なシーンを作っていました。今でも優れたミュージシャンを排出していますが、その多くは東京に行ってしまいます。それは、とても残念なこと。彼らに福岡での演奏の機会を用意して、福岡が独自のシーンを築いていけるようになりたい。国内や海外から遊びに来た人が、福岡の音楽シーンの歴史を知ったり、現在進行形のミュージシャンの演奏を聴いたりできる場所を作っていければと思っています」(深町さん)

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《関連リンク》
福岡ミュージックマンス
http://f-musicmonth.jp



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