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福岡市パートナーシップ宣誓制度を受けたLGBT当事者の声「私たちも、幸せになっていいんだ」

平成30(2018)年4月、福岡市がLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)など性的マイノリティのカップルをパートナーとして公的に認める「パートナーシップ宣誓制度」を導入。全国では東京都渋谷区や世田谷区などに次いで7番目、政令指定都市では札幌に次ぐ2番目の対応となりました。

このパートナーシップ宣誓で実際に何が変わり、LGBT当事者はどう受け止めているのでしょうか。九州を代表するLGBTの祭典「九州RAINBOW PRIDE(レインボープライド)」の実行委員長を務め、自身もゲイであることを公表している“あなたののぶゑ”さんこと三浦暢久さんに聞きました。

公的に認められたという安心感

--いよいよ福岡市にも「パートナーシップ宣誓制度」が導入され、戸籍の性別に関わらずLGBTのカップルが公的に認められました。まずは率直な感想を聞かせてください。

のぶゑ 私たち当事者にとっては、とても大きな一歩。歓迎の声に溢れています。長年、両親に隠して付き合ってきた同性カップルが、今回の制度導入をきっかけにカミングアウトし、受け入れてもらったという話も聞きました。私にも「一生一緒にいようね」と約束をしているパートナーがいますが、これまでは公的には認められていない、ただの友人関係。例えば彼が病気になっても、私は治療の経緯を医師と相談することさえできませんでした。それが、この制度によって、認められるようになります。自分たちの意思だけで繋ぎ止めていた関係を、公的にサポートしてくれる。お互いがお互いを支える、力強いカードを手にした気分です。

パートナーシップ宣誓書受領証(見本)
 
--この制度によって、具体的には何ができるようになるのでしょうか?

のぶゑ この制度は婚姻ではないので、法的な効力はありません。扶養控除や相続、遺族年金といった、婚姻制度の恩恵を受けられるわけではないんです。それでも、運転免許証サイズの受領証を受け取れば、市営住宅の入居や市立病院で病状説明を受けたり、手術に同意したりできるようになります。婚姻に比べればまだまだできることは限られていますが、法律を変えるには時間がかかること。長いこと苦しんで来ている当事者たちに、今できる限りのことから変えていくのは、とても大事だと思います。生きていく上で安心感が得られるわけですからね。

LGBTやパートナーシップ宣誓制度について語るのぶゑさん

自分を偽ったままでは、生きられない

--その「苦しみ」についてです。のぶゑさんは思春期の頃にご自身がゲイであることに気づいたとのことですが、これまでどのような思いで過ごされてきたのでしょうか?

のぶゑ 私は昭和52(1977)年、宮崎県日向市の生まれです。思春期の頃から、自分がゲイであることには気づいていました。当時はまだLGBTという言葉もなく、テレビでニューハーフさんたちが出てきた頃で、気持ち悪いと笑われているような時代。私自身、少し物腰が柔らかかったり、行動や喋り方が男らしくなかったりしたので、同級生からは「おかま、おかま」といじめられて。ただ自分でいるだけなのに、なぜそんな風に言われなければならないのだろうと、ずっと思ってました。親にも友達にも、誰にも相談できず、ただただ辛かったことをよく覚えています。自覚すればするほど、地元が窮屈に思えて、とにかく逃げ出したくて。

--それで福岡へ出てこられたのですね。

のぶゑ 福岡には兄もいたし、親には専門学校に行くという口実で出てきました。新しい環境に身を置けば楽になると思ってたけれど、現実はそうではなくて。メンタルが弱っていたこともあり、仕事も長く続かず、1年半~2年で転職を繰り返しました。転職の度に親に心配をかけ、怒られる。そんな日々でした。当時はまだ、「本当の自分を隠しているから辛い」ということに気づいていなかったんですよね。LGBT当事者の多くがそうですが、本来の自分を隠して生きることが、当然になってしまっているので。同僚、友人、両親や身内にさえ、ずっと嘘をついて生きている。後ろめたさを抱えこんだまま、それが当たり前になってしまうんです。

--カミングアウトしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

のぶゑ 同じことを繰り返しながら30歳まで来た時に、ふと気づいたんです。これから幸せを感じて生きていこうと思ったら、もう素直になるしかないんだって。もちろん、カミングアウトは怖かった。親から勘当されるんじゃないか、友達がみんないなくなるんじゃないか、もう二度と働けなくなるんじゃないか……。でも、自分が素直に生きている状態を想像してみたときに、どうにも抑えられなくなりました。そして両親に手紙を書きました。何度も何度も書き直して、伝えるべきことをすべて、伝えました。

--とても勇気が必要でしたね。ご両親の反応はどうでしたか?

のぶゑ 唐突だったので、とても戸惑ったんだと思います。しばらく何の連絡もなく、一ヶ月半ほど経った頃、ようやく返事が来ました。手紙には、「お腹の中で何があったのかな」「育て方を間違ったのかな」「誰かに洗脳されているんじゃないの?」など、理解が追いつかず、自分たちを責めるような言葉が並んでいました。そして最後に、「それでもあなたは私の息子です。幸せになれるのなら、応援するわね」と締めくくられていました。この言葉を見た瞬間、これまでの苦しみがすべて終わったのだという安堵感や開放感、えもいわれぬ幸福感に包まれて、思わず泣きました。翌朝会社に向かうとき、天神のビル街がキラキラと輝いて見えたあの爽やかな感覚は、いまだに忘れられません。

--ありのままの自分で居られることがどんなに幸せか、良く伝わってきます。

のぶゑ 私の場合は両親が味方についてくれたので、もう怖いものはないと思えました。カミングアウトによって去っていく人もいましたが、その分新しい出会いもあります。同じ痛みを共有できる仲間たちと次々に出会い、人生が好転し始めました。いまは、とても幸せです。勇気を持って一歩を踏み出して、本当に良かった。今回の「パートナーシップ宣誓制度」が、迷いながらもまだ踏み出せないでいる人の、何かの形で後押しになったり、安心の材料になれたらいいなと思っています。

同性カップルのシンボルとして,のぶゑさんの友人が作ってくれたクッキー。恋人同士でウェディングドレスやタキシードを着ている。

「出てきていいんだよ」。春の足音を届ける虹のパレード

--九州レインボープライドは、どんな経緯で実行委員長を務めることになったのですか?

のぶゑ あのイベントは、福岡大学の学生が始めました。しかし学生たちは社会人になると継続が難しいらしく、だったら私がやるよと引き継ぎました。昨年は、過去最高の7,000人も参加していただけたんですよ。

--パレードには約500人が参加されたとか。あたり一帯が虹色に染まり圧巻でしたね。

のぶゑ パレードは、社会に対するLGBTの可視化や啓発の意味合いが大きいですが、個人的には別の想いもあります。それは、怖くて参加できない当事者に、きっかけ作りをしたいんです。「もう出てきていいんだよ」「怖がる必要はないよ」と伝わったらいいなと。春の訪れを感じる足音のように、ちょっと楽しそうだなと思ったら、少しずつでも近づいてきてほしい。あのパレードが、勇気の一歩となるように。もう、飛び越えられるところまで来ていることを、レインボープライドを通して知ってもらいたいという想いを込めて、開催しています。

--最後に、LGBT当事者にとって、福岡はどんな街ですか? また、これから期待することはありますか?

のぶゑ 10年前にカミングアウトした時、幸いなことに、私の周囲は私を受け入れてくれました。個人的な感想ですが、福岡の人たちは、きちんと伝えれば、想いを受け取って理解してくれる人が多い気がします。真摯に向き合えば、差別や偏見が起きにくい街なんじゃないでしょうか。外国人、年齢、ジェンダーなど、無意識のものも含めて偏見や差別は至る所にありますが、LGBTはそれらに対して包括的なアプローチができる啓発活動だと思います。特に、ここ福岡では、当事者団体が9つもあり、情報交換が活発に行われてきた経緯があります。そして今回のように行政側ともつながりました。今はまだLGBTに対する取り組みが中心ではありますが、私の願いは、すべての人がありのままの自分で生きられる社会を作ること。国際社会としても、その機運は高まっていますよね。福岡が一つのモデルケースとして、日本やアジアでリーダーシップを取れると思うし、それがグローバル都市としても必要なことだと思っています。

笑顔で話すのぶゑさん

【プロフィール】
あなたののぶゑ こと 三浦暢久(みうら・のぶひさ)さん
昭和52(1977)年、宮崎県生まれ。思春期の頃に、ゲイであることを自覚。福岡にて「ヒーリングサロンBreathroom」をオープン。現在はレンタルルームとして各種イベントやワークショップ用にスペースを貸し出す。平成27(2015)年、同性・LGBTカップルの結婚サポートを行う「Marriagerings 4 LGBT」を設立。同年11月に「九州レインボープライド2015」を開催、実行委員長を務める。平成30(2018)年、LGBTに関する普及啓発事業を行うNPO法人「カラフルチェンジラボ」を設立。6月より活動を開始している。
 

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