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「福岡」か「博多」か。125年前に起きた、地名をめぐる大論争

大阪市の地域政党、大阪維新の会の結党の原点でもある最重要公約、いわゆる“大阪都構想”。その是非を問う住民投票では、僅差で反対数が賛成数を上回る結果となりましたが、大阪を二分する大論争は全国的にも注目を集めました。

実は、福岡でも、かつて市全体を揺さぶる大論争が起こっていた史実をご存知でしょうか? 

事の発端は、明治政府が施行した廃藩置県。福岡藩から福岡県が誕生し、明治22(1889)年に市制施行となりましたが、翌年、新市名を「福岡市にするのか、博多市にするのか」で市議会が紛糾する事態が発生したのです。

昔から貿易で栄え、商人の町として発展を遂げたこの地は、“博多美人”“博多織”など、“博多○○”の言葉が示すように、歴史的には「博多」の地名の方が先に使われてきました。「福岡」の名前を持ち込んだのは、大河ドラマ『軍師官兵衛』で知られる黒田官兵衛(如水)の息子・黒田長政です。慶長6(1601)年、新しく領主となった長政は、古代鴻臚館のあった土地に城を築き、その周辺に町をつくりました。その町は黒田氏の父祖の地、備前福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)から名前を取って「福岡」と名付けられました。

以降、中洲を流れる那珂川を挟んで、東は博多、西は福岡に分かれることになったのです。博多は商人の町として、福岡は武士の町として、それぞれ特色のある双子都市として発展を遂げました。

ところが、明治23年(1890)2月、議員から「市名変更の議」が提出され、市名を「福岡市にするか、博多市にするか」で喧々諤々の大論争が勃発。

当時の市内の人口は、博多地域が25,677人、福岡地域は20,410人で、そのどちらにも属さない地域に1,530人が居住。議員数も、博多17名、福岡は13名となっており、「博多」がやや優勢かと思いきや、大詰めを迎えた日に3名の議員が欠席し、13票対13票の同数となる事態に(欠席した博多派議員は、トイレに軟禁されたのではないかという説もあるのだとか)。

最後は、旧福岡藩の武士だった議長が議長席を降りて1議員として「福岡」に投票。「博多市」の誕生は幻となったのです。

そして、市名は「福岡」に譲った代わりに、開通したばかりの鉄道の駅名は「博多」駅に決定。新幹線の駅も「博多」駅となりました。福岡市民にとっては当たり前の事実なのですが、「福岡駅」という駅名は福岡市内には存在しません。

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ちなみに、富山県高岡市福岡町には、JR「福岡」駅が存在します。

ある鉄道ライターはこんなエピソードを口にします。

「最近、日本には外国人観光客が多く訪れていますが、日本の地理をあまり把握していない外国人観光客が、福岡市に向かおうとして、富山県の『福岡駅』まで乗車。駅を降りて初めて、誤りに気付いて愕然とするというケースが発生しています。もちろん少し調べればわかることですけど……外国人からすればちょっとわかりづらいかもしれないですね」

「福岡」と「博多」、地名をめぐる笑うに笑えないエピソードと言えるかもしれません。


【関連リンク】
博多の豆知識 vol.4
福岡市か博多市か!?
http://www.city.fukuoka.lg.jp/charm/mamechishiki/chishiki4.html

福岡という地名、もともとは岡山県の地名です
http://showcase.city.fukuoka.lg.jp/column/clm0008.html



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